最も売れたシングル(トップ50)

ビートルズ(The Beatles)の曲の売上ランキングです。 世界で最も売れたシングルのトップ50。 一番売れた曲は「シー・ラヴズ・ユー」(She Loves You)。 英BBCラジオが2015年に集計。 レコード、CD、ダウンロードの販売数の合計。 有名曲、代表曲、人気曲、名曲がズラリ。

トップ1011~20位21~30位31~40位41~50位参考文献ページの先頭↑

1位~10位

順位 曲名と動画 説明
「シー・ラヴズ・ユー」
(She Loves You)
1963年

【動画】



【配信】
Amazon→
1963年8月発売。 ビートルズ初期の最高傑作と評されている。 明快で勢いのあるロック。

ジョン・レノンとポール・マッカートニーの見事なハーモニー。 ジョージ・ハリスンのメロディアスなギター。 そして、曲の冒頭の「ドドッドドン」という印象的な音から始まるリンゴ・スターのドラム・・・。 すべてが完璧とも言われる2分20秒。

1963年6月の公演前にジョンとポールがホテルの一室で書き上げたという。 4枚目のシングルとして発売された。 世界的に大ヒットし、1964年の全米の年間チャートでは自分たちの「抱きしめたい」に次ぐ2位。 ビートルズ旋風の幕開けとなった。

歌詞の中で繰り返される「イェー、イェー、イェー」は当時としては斬新なフレーズで、しばらくビートルズの代名詞になった。

シー・ラヴズ・ユー
「抱きしめたい」
(I Want To Hold Your Hand)
1963年

【動画】

1963年11月発売。5枚目のシングル。 強烈なリズムと極上のコーラスで世界を熱狂させた名曲。 人種や民族の枠を越えて支持された。 現代音楽の将来像を示したと言われている。

「君の手を握りたい」という思いを直接的に表現した点も、当時としては社会的なインパクトがあったとされる。 ビートルズ史の中でも衝撃度ナンバー1。

アメリカで最初のメガヒットとなった。全米の売り上げは500万枚で、1964年の全米の年間チャートでも1位。 1965年のグラミー賞で最優秀レコード賞にノミネートされた。

日本でのデビュー・シングルでもある。ほとんどの日本人は、この曲で初めてビートルズを知った。
抱きしめたい
「キャント・バイ・ミー・ラヴ」
(Can't Buy Me Love)
1964年

【動画】

1964年3月発売の6枚目のシングル。 「僕の愛はお金で買えないよ」とポール・マッカートニーがさわやかに連呼する歌。

いきなりボーカルで始まるところが印象的。 ポールらしいメロウなロックンロールで、どこか切ない感じもある。

ジョン・レノンが先行していた作曲のスキルに、 ポールが追いついてきたことを示した曲とされる。

ギネスに「史上最も多く購入予約されたレコード」と認定されている。 3作目のアルバム「ハード・デイズ・ナイト」収録。
キャント・バイ・ミー・ラヴ
「アイ・フィール・ファイン」
(I Feel Fine)
1964年

【動画】
1964年11月発売の8枚目のシングル。曲の冒頭に、ギターとアンプを近づけた雑音を取り入れている。いわゆる「フィードバック奏法」の先駆的な曲となった。

ジョンの天才的な音づくりやリンゴの奏力の凄さが示された秀作だと評されている。
アイ・フィール・ファイン
「デイ・トリッパー/恋を抱きしめよう」
(Day Tripper / We Can Work It Out)
1965年、両A面

【動画】
<デイ・トリッパー>
<恋を抱きしめよう>
1965年12月発売の11枚目のシングル。ビートルズ初の両A面となった。

「デイ・トリッパー」は、 1日だけドラッグでトリップする人のことを歌った曲で、イントロのギターが最大の魅力と言われている。

「恋を抱きしめよう(ウィ・キャン・ワーク・イット・アウト)」は、 ポールのマイルドさと、 ジョンの鋭さが見事に交錯した作品とされる。
デイ・トリッパー/恋を抱きしめよう
「ヘイ・ジュード」
(Hey Jude)
1968年

【動画】
1968年8月発売。オリジナル・アルバムには未収録。一般的には、ビートルズの曲の中でも最も人気が高い。ピアノが主体の傑作バラード。

ポール・マッカートニーが、 ジョン・レノンの息子ジュリアン・レノンを励ますために書いた。 ジュリアンは当時、両親(ジョンとシンシア)の別居に直面していた。

全米チャートで9週間連続で1位。年間(1968年)でも1位に輝いた。 カラオケソングとしても永久不滅。 最後の「ナ・ナ・ナ」で世界どこでも盛り上がれる。

ローリング・ストーンの選ぶ史上最も偉大な曲500(2010年選出)で8位。2012年のロンドン五輪の閉会式の締めくくりにマッカートニーが歌った。
ヘイ・ジュード
7 「ヘルプ!」
(Help!)
1965年

【動画】
1965年7月発売。2作目の主演映画「ヘルプ!4人はアイドル」の主題歌。

空前の熱狂的な人気と過密スケジュールの中で「助け」を求める気持ちが表れた曲だとされる。
ヘルプ!
「フロム・ミー・トゥ・ユー」
(From Me To You)
1963年

【動画】
1963年4月に発売された3枚目のシングル。世界での成功を目前に控えた時期の曲。

イギリスでは前作「プリーズ・プリーズ・ミー」に続いて1位となったが、アメリカではあまり売れず、この時点では米国でブレークするには至らなかった。
フロム・ミー・トゥ・ユー
「ハロー・グッドバイ」
(Hello Goodbye)
1967年

【動画】
1967年11月発売。「ハローとグッバイ」「イエスとノー」などシンプルな反意語を連発して楽しませる名曲。キャッチーなメロディ。作詞・作曲は、事実上ポール。
ハロー・グッドバイ
10 「ゲット・バック」
(Get Back)
1969年

【動画】
1969年4月。末期の代表曲の一つ。アルバム「レット・イット・ビー」の最後を飾っている。

ビルの屋上での最後のライブで演奏されたことでも有名。事実上、ポールの作曲・作詞とされる。

オノ・ヨーコとの活動に傾斜していたジョン・レノンに対して「バンド活動に戻ってこい」とポールが訴える曲という解釈もある。
ゲット・バック

トップ1011~20位21~30位31~40位41~50位参考文献ページの先頭↑

11位~20位

順位 曲名と動画 説明
11 「愛こそはすべて」
(All You Need Is Love)
1967年

【動画】
1967年7月。フランス国歌で始まる名曲。

事実上のジョン・レノンの作詞・作曲。ソロになったあと「ラブ&ピース」を強く訴えるレノンの方向性が示されているとされ、レノンの追悼曲としてもよく使われている。

エンディングでは、バッハやイングランドの民謡、ビートルズのシー・ラブズ・ユーなどが混ざる。
愛こそはすべて
12 「イエロー・サブマリン/エリナー・リグビー」
(Yellow Submarine / Eleanor Rigby)
1966年。両A面

【動画】
<イエロー・サブマリン>
<エリナー・リグビー>
イエロー・サブマリンは、アニメ映画『イエロー・サブマリン』の主題歌。

リンゴ・スターが歌っており、リンゴの代名詞のような曲になっている。 ハイクオリティな子供向けの歌(童謡)。 カラオケでも歌いやすい。

「エリナー・リグビー」は、バイオリンなどを使ったクラシック調の曲。アメリカでは、この曲はB面扱いだった。
イエロー・サブマリン/エリナー・リグビー
13 「ペイパーバック・ライター」
(Paperback Writer)
1966年

【動画】
1966年5月発売。全米で1位となり、100万以上売れた。アカペラで始まるイントロが印象的。

重厚なベースとドラムの掛け合いなど、バンドとしての表現力や演奏力が一段とグレードアップしたことを示す名盤とされる。 とくにポールのベース演奏は高く評価されていまる。

作詞作曲は実質的にポール。「文庫本の作家になりたい」と懇願する人の話。

オリジナル・アルバム未収録。この曲の後にアルバム「リボルバー」がリリースされた。
ペイパーバック・ライター
14 「マジカル・ミステリー・ツアー」
(Magical Mystery Tour)
1967年

【動画】
1967年。テレビ番組「マジカル・ミステリー・ツアー」の主題歌。トランペットから始まる威勢の良い曲で、サイケな雰囲気も漂う。覚えやすく、親しみやすい。

実質的にポール作。 同名の番組もポールの発案で、ビートルズが参加するバスツアーの話。放送された当時は駄作として酷評された。
マジカル・ミステリー・ツアー
15 「ペニー・レイン/ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」
(Penny Lane / Strawberry Fields Forever)
1967年、両A面

【動画】
<ペニー・レイン>
<ストロベリー・フィールズ・フォーエバー>
アメリカで1位。両曲ともアルバム『マジカル・ミステリー・ツアー』に収録されている。

「ペニー・レイン」は事実上、ポールの作詞・作曲。ペニー・レインとは、故郷リバプールのバス通り。 子供のころ見た情景を懐かしんで歌ったという。 間奏のトランペットが印象的。親しみやすい名曲。

「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」は事実上、ジョン・レノンの作詞・作曲。 ストロベリー・フィールズとは、ジョンが幼いころよく遊びに行った近所の孤児院だという。 歌詞では、自らの心情が吐露されている。

幻想的な雰囲気がたっぷりの曲。 繊細なメロディ。 イントロのフルート、チェロ、インド楽器、ジョンのボーカル、リンゴのドラムなどが見事に一つの世界を生んだ。 「テンポもキーも異なる二つのテイクを一つにつなげる」というジョンの発想を、ジョージ・マーティンが具体化したとされる。

日本の音楽雑誌「レコード・コレクターズ」の 「ビートルズ名曲ベスト100」(2008年)で、数々の名曲をおさえて1位に選ばれた。同じく読者の投票でも1位に輝いた。
ペニー・レイン/ストロベリー・フィールズ・フォーエバー
16 「涙の乗車券」
(Ticket To Ride)
1965年

【動画】
全米1位。ジョン・レノンが自ら「最も初期のベビーメタルの一つ」と呼んだ曲。

重いリズムが特徴。 曲の終盤に向けてポール・マッカートニーが優れたギタリストとしての側面を見せている。 エンディングの「ゴスペル的展開」(文筆家の安田謙一氏)も高い評価を得ている。

1969年にカーペンターズがバラード曲としてカバー。デビューアルバムのタイトルにもなった。
涙の乗車券
17 「ハード・デイズ・ナイト」
(A Hard Day's Night)
1964年

【動画】
全米1位。初の主演映画「ハード・デイズ・ナイト(旧題:ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!)」の主題歌。

4人のメンバーがファンに追いかけられる映画のシーンとともに時代を飾った。 イントロの「ジャーン」というギターの音が印象的で、体としても疾走感あふれる曲になっている。

ボーカルが途中でポール・マッカートニーに入れ替わるところも絶賛された。 実質的にジョン・レノンが作詞・作曲を手掛けた。 多忙を極めていた当時の心情が綴られている。
ハード・デイズ・ナイト
18 「レディ・マドンナ」
(Lady Madonna)
1968年

【動画】
<ポールのソロライブ、和訳付き>
アルバムには収録されなかった。「ヘイジュード」の一つ前のシングルとなる。

主にポールが作詞・作曲したとされ、ボーカルもポールが担当。 エルビス・プレスリー風に歌っている。 軽快なリズムが特徴。

全体として1950年代のロックロールのサウンドとなっており、 前作(アルバム『マジカル・ミステリー・ツアー』)までのサイケデリック路線とは一線を画している。

ジャズのサックス奏者を4人招いて完成させたという。 ポールのピアノ演奏もさえている。 歌詞は、育児に奮闘する労働者階級の女性への賛歌となっている。
レディ・マドンナ
19 「ラヴ・ミー・ドゥ」
(Love Me Do)
1962年

【動画】
記念すべきデビュー作。1962年10月発売。 B面は「P.S.アイ・ラヴ・ユー」。 イギリスで17位をつけた。 アメリカでは、ブレークした1964年に1位に輝いた。

ジョン・レノンがリードボーカルを担当する予定だったが、ハーモニカを演奏することになり、急きょポール・マッカートニーにバトンタッチした。 この次のシングル「プリーズ・プリーズ・ミー」が1位となり、そこからビートルズ旋風が始まる。
ラヴ・ミー・ドゥ
20 「レット・イット・ビー」
(Let It Be)
1970年3月

【動画】
解散直前にリリースされた。ビートルズが活動中に発売された最後のシングルとなった。 最後のアルバムのタイトル・ソングでもある。 ポール・マッカートニーが作詞・作曲した。

「Let it be」は、ポールが14歳のときに死別した母メアリー(Mother Mary)の生前の口癖だったという。 ポールたちが兄弟げんかしたときに「放っておきなさい!」という意味で使っていたとか。 その母メアリーが、 ビートルズの解散危機に悩んでいた当時のポールの夢の中に現れて、 「レット・イット・ビー(なすがままにして、受け入れなさい)」と慰めてくれたという。

ただ、一般的な解釈としては、歌詞の中のMother Maryとはキリスト教の聖母マリアであり、絶望の淵に立つ人を救わんとする言葉だと受け止められている。

曲も宗教(ゴルペル)的なサウンドとなっている。 実際、つらい逆境のときに力を与えてくれる曲であり、メロディ、歌声、演奏などすべての面で傑作とされる。
レット・イット・ビー

トップ1011~20位21~30位31~40位41~50位参考文献ページの先頭↑

21位~30位

順位 曲名と動画 説明
21 「プリーズ・プリーズ・ミー」
(Please Please Me)

【動画】

<動画(公式)>
1963年1月。デビュー曲「ラヴ・ミー・ドゥ」の3か月後に発売された2曲目のシングル。

初の全英1位を記録し、ビートルズの歴史的な快進撃の起点となった。 当時の若者に与えた衝撃は大きかった。

サビでジョン・レノンが歌う「カモン、カモン」のカッコよさは、 多くの男女をノックアウト。 ロックの世界へと導いた。 コーラスからハーモニカまですべてがエネルギッシュで、 デビュー当時の若々しいビートルズらしさが満載されている。

曲名は「どうぞ(Please)、僕を楽しませて(Please me)下さい」という意味で、Pleaseを二つの意味で使っている。 当初はスローな曲として準備されたが、プロデューサーのジョージ・マーティンの提案でアップテンポな曲になった。
22 「サムシング/カム・トゥゲザー」
(Something / Come Together)

【動画】

<サムシング(公式)>

<サムシング(ジョージ・ハリスンのライブ)>

<カム・トゥゲザー(公式)>

<カム・トゥゲザー(ジョン・レノンのライブ)>
1969年10月発売。両A面。ビートルの活動中のシングルとしては最後からの2番目。 両曲とも、ビートルズが最後に制作・録音したアルバム『アビイ・ロード』に収録されている。

「サムシング」は、ジョージ・ハリスンが作詞・作曲した。ソロ時代を含めてジョージの最高傑作と言われている。(ビートルズのシングルA面にジョージが書いた曲が採用されたのはこの時だけ。) また、ビートルの代表的なバラードの一つとされている。

あのフランク・シナトラが「史上最高のラブソング」と絶賛。 シナトラのほか、エルビス・プレスリー、レイ・チャールズ、ジェームス・ブラウンら150以上のアーティストがカバーした。 「イエスタデイ」に次いでカバーされた回数が多い曲になっている。

演奏面では、ポール・マッカートニーのメロディアスなベースが絶賛されている。 ジョージ・ハリスンのギターソロも見事。 リンゴのドラム演奏も高く評価されている。 ジョージは、この曲を当時の妻パティに捧げたという。

「カム・トゥゲザー」は、ファンキーでかっこいい歌。 ジョン・レノンの「シュッ」という声から始まる。 ジョンが実質的に作詞・作曲しており、ジョン自身にとって最もお気に入りの曲の一つだったとされている。

チャック・ベリーの「ユー・キャント・キャッチ・ミー」の類似作品でもある。 バンドとしての演奏のクオリティーも極めて高いと評されている。
23 「ジョンとヨーコのバラード」
(Ballad Of John And Yoko)

【動画】

<動画(公式PV)>
1969年5月発売。バンドの末期に制作された。この曲の発売の2か月前、ジョン・レノンは、オノ・ヨーコと結婚式をあげた。

挙式やその直後のベトナム反戦パフォーマンス「ベッドイン」など、2人の活動について歌われている。

曲を書いたジョンは、当時不仲だったとされるポール・マッカートニーの自宅を訪れ、 「すぐにレコードにしよう」と懇願。わずか1日で制作したという。

ジョージ・ハリスンとリンゴ・スターは不在だったため、 ジョンとポールだけですべての楽器を演奏した。 シンプルながら軽快なロックナンバーに仕上がっている。
24 「フリー・アズ・ア・バード」
(Free As A Bird)

【動画】

<動画(公式PV)>
1995年発売。ビートルズの解散から25年後、一時的に再結成して制作された。

1980年に殺害されたジョン・レノンが、1977年ごろに作った未完成曲のテープがもとになっている。 ポール、ジョージ、リンゴの3人がスタジオに集まり、新曲として仕上げた。 同年発売されたアルバム「ザ・ビートルズ・アンソロジー1」の1曲目を飾った。

ビートルズのメンバー4人と、 元ELOのジェフ・リンがプロデューサーに名を連ねている。 ジョフ・リンは、デモテープの雑音の除去やサウンドの再構成に貢献を果たしたという。
25 「ザ・ビートルズ・ムービー・メドレー」
(The Beatles Movie Medley)
解散から12年後の1982年に発売された。ビートルズが出演した映画やテレビ番組の曲をつなぎあわせて作られた。

「マジカル・ミステリー・ツアー」「愛こそはすべて」「悲しみはぶっとばせ」「恋する二人」「ハード・デイズ・ナイト」「涙の乗車券」「ゲット・バック」の7曲で構成されている。
26 「イエスタデイ」
(Yesterday)

【動画】

<公式動画(ライブ)>
1965年発売。 ロックやポップの域をこえた普遍性の高い名曲。 世界で最もよく知られている曲の一つ。

日本でも音楽の教科書に載っている。 多くのミュージシャンが演奏しており、カバーバージョンが3000曲を突破。 ギネスブックに世界記録として認定された。

作詞・作曲は、ポール・マッカートニー。 演奏も、アコスティックギターを持ったポールが、バイオリンやチェロの奏者とともに行った。 ビートルズの他の3人のメンバーは参加していない。

「彼女は理由も言わずいなくなってしまった」という歌詞だが、 ポールが14歳の時に亡くなった母をしのぶ歌だという。 ローリング・ストーン誌が選んだ「史上最高の500曲」では13位。 1977年の米グラミー賞の最優秀レコード賞にもノミネートされた。

2019年に公開された架空のビートルズ映画「イエスタデイ」の題名になった。 映画の中でも印象的な使われ方がされた。
27 「ヒア・カムズ・ザ・サン」
(Here Comes The Sun)

【動画】

<公式動画(2019年のリミックス)>

<ジョージのソロのライブ>
1969年発売のアルバム「アビイ・ロード」収録。 日本でのみシングルとして発売された。

米英でシングルカットされなかったビートルズの曲としては、 史上最も売れたことになる。 (販売数の大半はダウンロードによるものと見られる)。

爽やかなサウンドの名曲。 ジョージ・ハリスンが作詞・作曲。 「サムシング」とともにジョージの代表曲として知られている。

「長い冬だったね。でも、ほら春らしいポカポカの太陽が顔を出したよ」という歌。 友人であるギタリストのエリック・クラプトンの自宅の庭で書いたとされる。 (マーティン・スコセッシ監督のドキュメンタリー映画「ジョージ・ハリスン/リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド」で、 クラプトンがそのときの様子に触れている)。

アコースティックギターとシンセサイザーのやさしい音色と、ジョージの声、そしてリンゴのドラムスなどが絶妙にマッチ。演奏面でも厚い支持を受けている。
28 「リアル・ラヴ」
(Real Love)

【動画】

<動画(公式PV)>
解散から26年後の1996年、新作として発売。

アルバム「アンソロジー」リリースにあわせて一時的に再結集したビートルズが手掛けた2枚目のシングル。 (1枚目は「「フリー・アズ・ア・バード」)。 アンソロジーアルバム3部作のうちの「2」に収録されている。

ポップながら泣けるバラード。 フリー・アズ・ア・バードと同様、 殺害される前のジョン・レノンが 自宅で録音していたソロ作品の未完成テープを、 妻オノ・ヨーコからもらい、 残りの3人が演奏や歌声を加えて完成させた。

プロデューサーに起用されたジェフ・リンのアレンジも高く評価されている。 ビートルズとして最後のシングル作品となっている(2017年現在)。
29 「ツイスト・アンド・シャウト」
(Twist & Shout)

【動画】

<動画(公式)>

<映画「フェリスはある朝突然に」の名シーン>
1963年に発売されたデビューアルバム『プリーズ・プリーズ・ミー』に収録された曲であり、 当初はシングルとしては発売されなかった。

ビートルズのメンバーの作詞・作曲でなく、 黒人R&Bグループによるヒット曲のカバー。 カバーソングとしては、本ランキングで最も高い順位となる。 多くのファンや評論家も「ビートルズによるカバー曲の中でベスト」と評している。

アルバムの録音の当日、風邪をひいて声がかれていたというジョン・レノンが、 最後の一曲として渾身の力をふりしぼって歌ったという。 そのハスキーな叫び声は、ロック史上に残る熱唱として愛されている。 また、初期のビートルズのライブ演奏の凄さが伝わるナンバーでもある。

解散から16年後の1986年、大ヒット青春映画「フェリスはある朝突然に」に使用されたことを受けて アメリカで改めてシングル化され、 全米23位をつけた。
30 「ベイビー・イッツ・ユー」
(Baby It's You)

【動画】

<動画(公式)>

<ジョン・レノンのものまね
1963年にイギリスで発売されたデビューアルバム『プリーズ・プリーズ・ミー』に収録。

1995年にライブバージョンがシングルとして発売された。(ライブバージョンは1994年のアルバム『ザ・ビートルズ・ライヴ!! アット・ザ・BBC』に収録されている)。

もともとは、アメリカの女性R&Bコーラス・グループ「シュレルズ」のヒット曲。ジョン・レノンの初期のセクシーな歌声が楽しめる。

トップ1011~20位21~30位31~40位41~50位参考文献ページの先頭↑

31位~40位

順位 曲名と動画 説明
31 「バック・イン・ザ・U.S.S.R.」
(Back In The USSR)

【動画】

<公式動画(歌詞付き)>

<歌詞の和訳(ポールのライブ)>
1968年に発表されたビートルズの2枚組アルバム「ザ・ビートルズ」(通称・ホワイト・アルバム)の1曲目。

解散後の1976年にイギリスでシングル化された。 軽快なロックンロール。 アメリカから母国・ソ連(現ロシア)に戻った男性が、その喜びを歌っている。

チャック・ベリーの「バック・イン・ザUSA」のパロディ。ビーチボーイズを真似たハモりも爽快。 西側諸国が抱いていた「非人間的な社会主義国」というソ連に対するイメージを逆手にとったようなコミカルな歌詞になっている。 10日間バンドを抜けていたリンゴにかわって、ポールがドラムを叩いた。
32 「イン・マイ・ライフ」
(In My Life)

【動画】

<動画>
1965年発売のアルバム『ラバー・ソウル』に収録された。 当時はシングル化されなかった。

哀愁漂う名曲。ジョンが故郷リバプールへの思いを綴り、ポールとともに作曲したという。 プロデューサー、ジョージ・マーティンによるピアノのソロ演奏も高い評価を得ている。 カナダのCBSラジオが2004年から2005年にかけて行った史上最高の曲を選ぶ番組企画「50トラックス」で、 2位に輝いた。(1位はジョン・レノンの「イマジン」)。

また、「ビートルズを聴こう-公式録音全213曲完全ガイド(中公文庫)」「ビートルズの真実 (中公文庫)」という2冊の偉大なビートルズ本を共同執筆した里中哲彦氏と遠山修司氏が、そろって一番好きな曲として挙げている。 日本の音楽雑誌「レコード・コレクターズ」の読者投票でも2位。
33 「ブラックバード」
(Blackbird)

【動画】

<動画(音だけ)>

<動画(ポール・マッカートニー、ライブ)>
1968年発売のアルバム『ザ・ビートルズ』(通称・ホワイトアルバム)に収録。

ポールが一人で演奏し、歌った。 メトロノームにあわせてポールが靴で床叩く音。そして、小鳥のさえずりが効果的に使われている。

人種差別撤廃運動(公民権運動)が活発になっていた当時、黒人女性(英国リバプールの俗語で「black bird」)を応援する意味合いを込めて書かれたという。 時代を越えて心を癒してくれるフォークソングであり、様々な形でカバーされている。
34 「いい娘じゃないか」
(Ain't She Sweet)

【動画】

<動画>
レコードデビューする前の1961年に録音された曲。

イギリスの歌手トニー・シェリダンのバックバンドとしてレコーディングに参加した際、ついでに自分たちだけで演奏・録音したという。 それをデビューした後の1964年にシングルとして発売した。(旧作を集めた1964年の「ザ・ビートルズ・ファースト・アルバム」にも収録)

曲はオリジナルでなく、著名作曲家ルトン・エーガーが1927年に作った曲のカバー。 デビュー前のハンブルクなどでのライブでは、盛んに演奏していた。 粗っぽくもグルーヴ感たっぷりの演奏とジョン・レノンの歌声が見事。
35 「アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア」
(I Saw Her Standing There)

【動画】

<動画>
1963年のデビューアルバム「プリーズ・プリーズ・ミー」に収録。

記念すべきデビューアルバムの1曲目を飾っている。 ほとばしる若さと勢いを感じさせるロックンロールナンバー。 アメリカではシングル「抱きしめたい」のB面になった。

主にポールの作詞・作曲。 17才になり、晴れて法的に肉体関係を持てるようになった女の子への思いを唄っている。 1988年に米アイドル歌手ティファニーがカバーして全米7位となった。
36 「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ」
(Lucy In The Sky With Diamonds)

【動画】

<公式動画>

<公式動画(1回目の録音)>
1967年の傑作アルバム「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」に収録。

シングル発売されていない。 幻想的でサイケデリックな曲。

ジョン・レノンの息子ジュリアン・レノンが、 ダイヤモンドとともに空を飛ぶ友達ルーシー(Lucy In The Sky With Diamonds)の絵を描いた。 ジョンはこの絵に触発され、 さらに「不思議の国のアリス」の世界をイメージしながら、 ポール・マッカートニーと共に作詞・作曲したという。

また、「Lucy In The Sky With Diamonds」の頭文字が「LSD」であるため、ドラッグによるトリップが連想されたと、ポール自身が語っている。

サウンドと歌詞で白日夢の世界を見事に創り出した名曲として評価されている。 「サージェント・ペパーズ」のアルバム全体のイメージともぴったりとマッチしている。
37 「ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ」
(With A Little Help From My Friends)

【動画】

<動画(公式)>
1967年の傑作アルバム「サージェント・ペパーズ」の2曲目を飾る。

アップビートなオープニング曲から一転して、のどかなで柔和な作風が聴く人の心を奪う。 リンゴ・スターがボーカルを担当。「イエロー・サブマリン」とともにリンゴの代表曲になっている。 作曲は主にポール・マッカートニー。

リリースされた翌年の1968年、ソロ歌手ジョー・コッカーが大胆にアレンジしたバージョンをウッドストックのコンサートで披露。 歴史に残るカバー曲として評価されている。
38 「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」
(While My Guitar Gently Weeps)

【動画】

<公式動画>

<公式動画(2018ミックス、音のみ)>
1968年発売の2枚組アルバム『ザ・ビートルズ』(通称「ホワイト・アルバム」)に収録。

ジョージ・ハリスンが作詞・作曲した。 翌年発表のアルバム『アビイ・ロード』に収録された「サムシング」「ヒア・カムズ・ザ・サン」とともに、ジョージのソングライターとしての秀逸さを示す曲とされる。

メロディラインとジョージの歌声、そして、ゲスト参加したエリック・クラプトンのギターが圧倒的な「泣き」を誘う。 日本人の琴線にモロにふれる歌とも言われ、雑誌「レコード・コレクターズ」が選ぶビートルズ曲の読者投票で6位に入っている。
39 「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」
(A Day In The Life)

【動画】

<動画>
1967年発売の傑作アルバム「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」で、 最後を飾っている。

アルバムのハイライトとして強烈なインパクトを与えた。 ジョンとポールが別々に作った曲を一つにつなげ、独創的なアレンジで世紀の大作に仕上げた。

斬新な手法をふんだんに採用して幻想的な雰囲気を演出。 40人のオーケストラが加わり、終盤を盛り上げている。 音楽ファンに与えた衝撃は大きく、本国イギリスで最高級の評価を得ている。

日本でも熱烈な支持を集めており、 シンコミュージックが2013年に発刊した「ランキング!ビートルズ」では、 評論家らが選ぶシングルランキングで堂々の1位に選ばれた。
40 「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」
(The Long And Winding Road)

【動画】

<動画>

<動画(オリジナル版)>
1970年発売の「レット・イット・ビー」に収録された。 ピアノのバラード。「つらいときに心を安らげてくれる曲」として人気がある。 全米ビルボードで3週連続1位。

ポールがレイ・チャールズをイメージして書いた。 静かなピアノの弾き語り的な曲として考えていたという。 しかし、アルバム「レット・イット・ビー」のプロデューサーに起用されたフィル・スペクターは、 編集段階でオーケストラを起用し、ポールの意向とは異なるものになった。

元のポールのバージョンは後に「ネイキッド版(Naked)」としてリリースされた。

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41位~50位

順位 曲名と動画 説明
41 「ホエン・アイム・シックスティー・フォー」
(When I'm Sixty Four)

【動画】

<公式動画(音のみ)>
1967年発売のアルバム『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』に収録された。 恋人に「64歳になっても僕のこと好き?」と尋ねるラブソング。 イギリスでは結婚式に歌う曲の定番の一つだという。

早熟の天才ポールが若干16歳のときに書きためておいたという。 『サージェント・ペパーズ』制作中に自分の父親が64歳を迎えたこともあり、 ノートから引っ張り出してレコーディングすることにしたという。

ほのぼのとした雰囲気に心が癒される。 クラリネットの音色が印象的。 「静かで穏やかな老夫婦の生活を温かく包み込んでいる」と里中哲彦氏(ビートルズを聴こう(中公文庫))。
42 「ノルウェーの森」
(Norwegian Wood)

【動画】

<公式動画>
1965年のアルバム『ラバー・ソウル』収録。 幻想的な雰囲気が漂う歌。

抑制のきいたシタールの音色とギターの絡みが美しい。 ジョン・レノンの謎めいた歌詞も魅力的。 村上春樹のベストセラー小説のタイトルになった。
43 「アンド・アイ・ラヴ・ハー」
(And I Love Her)

【動画】

<動画>
1964年発売のアルバム『ハード・デイズ・ナイト』に収録された。 シンプルで抒情的なラブソング。 静かなアコースティック調の音色が美しい。

米国でシングルカットされ、50万以上売れた。 隠れた古典ともいえる存在。

ポールがメインで作曲した。 曲作りや4人の演奏のセンスが冴える。
44 「オール・マイ・ラヴィング」
(All My Loving)

【動画】

<公式動画>
初期の代表作の一つ。 キャッチーなコーラスから始まる甘いラブソング。

1963年に母国イギリスで2枚目のオリジナルアルバムとして発売された『ウィズ・ザ・ビートルズ』収録。 イギリスや米国ではシングルにならなかったが、カナダでシングルカットされ、1位に輝いた。

初上陸したアメリカで歴史的な出来事となったテレビ番組「エド・サリバン・ショー」出演で、 最初に演奏した曲としても有名。

ポールが主に作曲・作詞。 サイド・ギター担当のジョン・レノンが見せた3連音符ギター・カッティングが、 ロックファンを熱狂させた。
45 「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」
(Sgt Pepper's Lonley Hearts Club Band)

【動画】

<公式動画>
1967年に発売されたアルバム『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』のタイトル曲であり、冒頭を飾っている。

「20世紀のアルバムの最高傑作」「史上初の真のコンセプト・アルバム」といった歴史的な評価を受けるアルバムを象徴する歌である。

ビートルズが架空のバンドであるサージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンドに扮し、 公演を行うというコンセプトの柱となっている。 同アルバムの中では「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」「ルーシー・イン・ザ・スカイ」などとともに、日本でも人気が高い。

ロックとオーケストラがコラボしている。 ショーの始まりをラッパの楽器(ホルン)が盛り上げ、わくわくとした興奮を与える。
46 「レヴォリューション」
(Revolution)

【動画】

<動画>
1968年。 ジョン・レノンが、世界的に気運が高まっていた破壊的な「革命」に反対の意向を表明した曲である。

革命思想がダメである具体例の一つとして、革命の名のもとに国民の大量虐殺を行った中国の毛沢東の名を挙げている。 左翼運動が盛んだった当時としては、たいへん勇気のいる言動だったといえる。 この後、ジョンは「非暴力の平和主義」を鮮明にさせていく。

ストレートなロックンロール。ギターの割れた音が特徴。電子ピアノも印象的だ。 ジョンはシングル化を希望したが、「ヘイ・ジュード」のB面という扱いにととまった。
47 「エイト・デイズ・ア・ウィーク」
(Eight Days A Week)

【動画】

<動画>
1964年。 「1週間に8日間愛している」というラブソング。

メインボーカルのジョンに、 ポールが声をかぶせるコーラスが美しい。 バックに流れる拍手(クラップ)の音も小気味よい。

イントロがかっこいいという評価が多い。 このイントロは、冒頭から音がだんだん大きくなっていく「フェイド・イン」という手法が採用された。 世界初のフェイド・インの曲と言われている。

一説によれば、ポールがジョンの家に曲を作りに行くとき、車の運転手に忙しいかと尋ねたところ、 「週に8日間(Eight Days A Week)働いているよ」という答えが返ってきた。 ポールはジョンの家に到着するなり、 「新曲のタイトルができた!」と言い、 2人でこの曲名にあう曲をすぐに書き上げたという。
48 「悲しみはぶっとばせ」
(You've Got To Hide Your Love Away)

【動画】

<動画>
1965年。アコースティックの曲。 3本のアコースティック・ギターによるワルツのリズムが特徴。

そこにフルートの演奏やマラカスの音が入り、世界が広がる。 ジョン・レノンの「ヘイ」という声もかっこいい。

作曲をしたレノンは「この曲は、僕のボブ・ディラン時代の作品だ」と語っていた。 レノンはボブ・ディランに出会ってから、 作曲・作詞とは自分の内面を表現するものだ、という意識を持ったという。
49 「オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ」
(Ob La Di Ob La Da)

【動画】

<公式動画(音のみ)>
1968年。 聴く人を笑顔にしてくれる幸せな曲。

デズモンドとモーリーという男女が出会い、 結婚し、 子供をつくり、 楽しそうな家族を築くまでの人生が唄われている。

家族で楽しめるファミリー・ソング。 小学校のフォーク・ダンスや運動会、合唱コンクールなどでよく使われる。 日本の子供たちにもおなじみ。

「ホワイト・アルバム」に収録された。 作曲を担当したポールらしいのどかな曲調。 ジャマイカ音楽「スカ」の影響を受けている。 イントロのピアノはジョンによる。

ビートルズのいない架空の世界を描いた映画「イエスタデイ」(2019年)では、 曲の内容にぴったりな使われ方がされた。 (戸川利郎)
50 「ドライヴ・マイ・カー」
(Drive My Car)

【動画】

<動画>
1965※

※発売年のところに「※」が付いているのは、当時シングルレコードとしては発売されず、最近になってダウンロード販売されるようになった曲です。便宜上、その曲が収録されたアルバムの発売年を記載しています。


参考文献:
ビートルズを聴こう-公式録音全213曲完全ガイド(中公文庫)
ビートルズの真実 (中公文庫)
レコードコレクターズ増刊-ビートルズ名曲ベスト100
ビートルズ213曲全ガイド(CDジャーナルムック)
ランキング!ビートルズ(シンコ―・ミュージック)